『陪審法廷
随分とさぼっていました。
最近は内容別に他にもいくつかブログをもうけていて、趣味的要素の強いこちらがついついおろそかに・・・。
気分一新、あらたに Amzonのガジェットを利用することにもしました。
スタイルを変更すればもう少し大きく表示できるかと思ったものの、面倒なので結局デフォルトのまま利用してます。
さて、とうとう裁判員制度がスタート。
こうしたタイミングを見計らったように本書が文庫化されていたので、思わず手が伸びて購入。
楡 周平は、クライムノベルからコミカルなものまで日米の事情に通じた広い視点を持つ国際的な作品を創りだしてきた作家。
その実績通り、見事な手腕でアメリカの司法制度をリアルに切り取って日本人にわかりやすく提示してくれている。
アメリカの陪審員制度の話になるので日本の裁判員制度とは多少異なるが、市民の司法参加という意味ではアメリカが先輩にあたるわけで、参考になるところが大いにある。
法で裁かれなくとも罪がその人をさいなむということを考えれば、本来人を殺すことにおける正当な理由などありはしない。
ただ、あくまで法という制度の中で考えれば、正当防衛や緊急避難、あるいは情状を酌量できる内容というものは確かにある。
しかし、それを言葉でこうだと定義することは難しい。それが出来るのならば、専門家である裁判官だけでことは足りるはず。
そうではない、法では規定できない、あるいは、法がカバーしきれない部分を補うために存在するのが、陪審員であり裁判員である。
そうした制度の存在意義から導きだされる結論に納得させられる作品だ。
裁判員として選ばれる可能性のある人は選ばれる前に読んでおくことをおすすめする。
それにしても、起ってしまったことを罰する前に、その犯罪を避ける方法を学ぶことはできないのだろうか?
本書のケースで、犯罪を犯さずに全てを解決できる方法がはたしてあっただろうか?
正解などないとは知りつつも、その答えを知りたくてたまらない。


